エドワード・ハッチンソン (Edward Hatchinson/特になし) |
特になし |
不明 |
不明 |
セーレム村(現在のダンヴァーズ)の住人であり、ジョゼフ・カーウィン、サイモン・オーンの友人で、共有地のあたりで話し込んだりたがいに訪ねあったりと頻繁な交流を持っていた。遠い昔に死亡した者や、すでに忘れ去られたことについてよく知っており、そうした知識は禍々しいとして恐れられた。 ハッチンソンの家の裏手にある林は夜に物音がすることで嫌われ、魔女裁判のおりには四〇人の魔女と悪魔がその林に集まるのが常だったと宣誓証言された。噂によれば、家には異様な訪問者がもてなされ、窓から様々な色の光が漏れていたという。 セーレムの魔女狩りがはじまるとすぐに失踪し、後に凶々しい蔵書の目録や、解読不能な暗号で記されたハッチンソン自筆の未刊の草稿が発見された。 その後のハッチンソンの足取りは詳しくは分からないが、1928年3月7日、アラン博士ことジョゼフ・カーウィン宛てに届いた手紙から、彼がトランシルヴァニア、ラクス村の東のフェレンツィ城に住むフェレンツィ男爵 その時点で彼がプラハの旧市街地区のクライン街11番地に住んでいたことが推測される。その後、プラハの最も古い地区で夜間、ある家屋が倒壊し、誰もが思い出せる限り古くからその家で一人暮らしを営んでいた「ヨセフ・ナデー」なる評判の良くない老人が行方不明になったことが、新聞で報じられている。 |
H・P・ラヴクラフト『チャールズ・デクスター・ウォード事件(The Case of Charles Dexter Ward)』 |
リチャード・アプトン・ピックマン (Richard Upton Pickman/特になし) |
特になし |
不明 |
不明 |
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H・P・ラヴクラフト『ピックマンのモデル(Pickman's Model)』 |
ハリー・フーディーニ (Harry Houdini/ハリイ・フーディーニ、ハリー・フーディニ) |
脱出王 |
1874年3月24日 - 1926年10月31日 |
ハンガリー、ブダペスト |
本名エーリッヒ・ワイス(Ehrich Weisz)。19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したアメリカ最大の奇術師。脱出術を得意とし「脱出王」「現在でもアメリカで最も有名な奇術師」と呼ばれる。 ハンガリーに生まれ、3歳のとき家族で米国ウィスコンシンに移住した。苦しい家計を助けるために幼い頃から働いたが、やがて奇術に興味を惹かれ、弟とコンビを組んで奇術師の道を歩みだす。アメリカの奇術師ハリー・ケラーから名を、フランスの奇術師ロベール・ウーダン(Houdin)から姓をとって「ハリー・フーディーニ」と名乗った。 フーディーニの特異な術は脱出術であり、手錠、監獄、袋詰め、逆さ吊りなど、難易度を増しながらの脱出マジックを披露した。また、妻のべネスとのコンビで、助手と奇術師が一瞬で入れ替わる入れ替わりマジック( 彼の卓越した奇術にはその強靭な肉体も一役買っていたが、1926年、彼のファンである大学生に「腹部を強く殴られても平気」という技を見せようと誘い、下腹部を殴られたことから虫垂破裂による炎症を起こして死亡した。 フーディーニは奇術師やスターの他に「サイキック・ハンター」としても名を馳せている。母が死亡した際、当時大流行していた 「シャーロック・ホームズ」シリーズの作者にして神秘主義者だったA・C・ドイルとの親交、若き日のW・H・ホジスンとの奇術対決などのエピソードもある。 ラヴクラフトとフーディーニの合作とされる『ファラオと共に幽閉されて』はウィアード・テールズの三ヶ月合併号に企画として掲載された、フーディーニの体験談という形を取った怪奇小説であり、その代がラヴクラフトに依頼されたのである。ラヴクラフトは用意されたプロットに手を加えながらこの作品を書き上げており、実質的にラヴクラフトの作品として差し支えないだろう。 イギリス公演を終えたフーディーニはエジプト旅行に出、カイロの街、ギザのピラミッドやスフィンクスなどの古代遺跡を観光する。だが、奇術師としての世界的な高名が災いしたかエジプト古来の神秘に関わるものの注意を呼んでしまった。謎めいた観光ガイド、アブドゥル・レイス・エル・ドログマンによって、夜中、ギザの大ピラミッドにおびき出されて捕らえられ、縛られてスフィンクスの真下にある地底の深淵に降ろされる。 地底で意識を取り戻したフーディーニは、ケフレン(カフラー)王のピラミッドの地下にあるという伝説の地下神殿「スフィンクスの神殿」に放り出されたことを知る。昏睡中に何者かに全身に傷をつけられたことに怯えながらも、その脱出術で縛めから脱出したフーディーニは出口を目指すが、脱出の寸前、夢か現かおぞましいものを目撃する。人と獣を繋ぎ合わせた伝説の合成ミイラの行進、アブドゥル・レイスに酷似したケフレン(カフラー)王と、地下においてその妃となっているニトクリス。そして、彼らが儀式にて迎える、大きなカバほどの大きさの指を五つ備える巨大な前足を、深淵の闇からのばすもの―――スフィンクス像が暗喩する何かであった。
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H・P・ラヴクラフト&H・フーディーニ『ファラオと共に幽閉されて(Imprisoned with the Pharaohs)』 |
ブラン・マク・モルン (Bran Mak Morn/ブラン・マク・モーン) |
北の狼、カレドニアの王、暗黒の男 |
ローマ時代 |
ブリテン北部、カレドニア |
ロバート・E・ハワードの創り出した英雄列伝の主人公の一人。『ブラン・シリーズ』の主人公。 古代からブリテン島に住んでいたピクト族の大王である(ピクト族とはブリテン島北部に住んでいた黒髪のケルト系民族を指すが、バスク人と同根の、ブリテン最古の先住民である謎めいた人種という説もある。ハワードの作品でもこの説に準じており、ピクト族は古代ヨーロッパに原初の一なる『暗黒帝国』を築いていたとしている)。 ブリテン島にローマ帝国が進出していた時代に君臨していたこの王は、侵略者であるローマへの復讐と、古にピクト族がヨーロッパに築いていた広大な『暗黒帝国』の復興という野望を胸に抱いていた。 民を殺された復讐のため、仇敵であるローマのエボラクム(現在のヨーク)総督、ティトゥス・スラを連れ出して決戦を挑むために、かつてピクト族が地底へと追い遣った部族の変わり果てた末裔、『大地の妖蛆』と取り引きをし、スラを己が目前に引き出させた。だが、ブランの前に引き出されたスラは、『大地の妖蛆』によって禁断の秘密を秘め隠した地底の深淵を運ばれたために狂い果てており、ブランは彼に死を、慈悲として与えることになった。 そしてそれ以来、ブランは『大地の妖蛆』に付け狙われる事になったという。 その後の彼の運命は不明だが、存命中に彫られた彼の像が『闇の男』と呼ばれ、名状しがたい大洞窟に祀られていると伝えられている。現在に至るまでピクト人の末裔は彼を崇拝し、一生に一度は『闇の男』の元へ巡礼する。 ブランの崇拝者達はいつの日か、ブランの像が洞窟から立ち上がり、ピクトの暗黒帝国を取り戻すのだと信じているという。
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R・E・ハワード『大地の妖蛆(The Worm of the Earth)』 |
フリードリッヒ・フォン・ユンツト (Fredlich von Junzt/フリードリッヒ・フォン・ユンツト) |
ドイツの奇人 |
1795〜1840 |
ドイツ |
『無名祭祀書(ドイツ語名Unaussprechlichen Kulten、英語名Nameless Cults)』、別名『黒の書(The Black Book)』を著した事で有名である。 彼は生涯を禁忌の学問に捧げ、世界各地の秘密結社に加わり、あらゆる未知の書に原典のまま通じていた人物であり、『無名祭祀書』はそうして得られた禁断の知識の集大成である。 1840年、モンゴルへの謎めいた旅から帰還して6ヶ月後に、フォン・ユンツトは鍵と閂のかかった密室で巨大な爪痕を喉に残した死体となって発見された。部屋の床には『無名祭祀書』に未収録の草稿が破り捨てられており、これを復元して読んだフランスの友人アレクシス・ラドーは、読み終えるなり草稿を火にくべ、剃刀で喉を切って命を絶った。 『無名祭祀書』の初版本は彼の死の直前にデュッセルドルフで刊行されているが、この怪事件に脅えた所有者のほとんどがこの本を処分してしまい、5年後に出版されたロンドンのブライドウォールの海賊版を経て、1909年のニューヨークのゴールデン・ゴブリン・プレス社が一部削除された版を刊行するまで、『無名祭祀書』は信じられないほどの稀覯書となっていた。
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R・E・ハワード『屋根の上に(The Thing on the Roof)』 |
ルートヴィヒ・プリン (Ludwig Prinn/ルドウィク・プリン) |
フランドルの妖術師 |
詳細不明、16世紀から17世紀(魔女狩りの最盛期)まで生きたと思われる |
ベルギー、フランドル地方 |
魔女裁判が最高潮に達していた頃に活躍した魔術師。『妖蛆の秘密(De Vermis Misteriis)』を著した魔術師として有名。 第9回十字軍の生き残りを自称し、自分が途方もない年齢に達している事を主張していた。イスラム側の捕虜になっていた時期にシリアの妖術師達と共に暮らし、魔術知識を得ると共に霊鬼や鬼神に見えたと言う。エジプトで暮らしていた事もあると言われ、リビアのダルウィーシュ教団には、彼のアレキサンドリアでの行状にまつわる話が伝えられていると言う。 歴史上、イスラム圏から欧州に魔術や占星術が伝播し、あるいは古代ギリシャの文献が再輸出された経緯があり、欧州の魔術結社『薔薇十字団』の開祖と言われるローゼンクロイツのように、東洋の賢者から秘術を伝授されたという魔術師の伝説が幾つか存在する。プリンの逸話も、これらの伝説の流れを汲むものと言えるだろう。 晩年は生地であるフランダースの低地に住み、ブリュッセル近郊の森にある前ローマ時代の埋葬所の廃虚で「目には見えざる朋輩」「星の送りし下僕」と呼ばれる魔物や使い魔の群れに囲まれて暮らしていた。やがて妖術や奇怪な崇拝を行う事が異端審問所の注意を惹くに至り、逮捕された彼は土牢に投獄された後、火刑に処された。 彼が獄中で裁判を待ちながら著した原稿が『妖蛆の秘密(De Vermis Misteriis)』であり、その原稿が看守の目をかすめて持ち出され、彼の死後一年目にドイツ西部のケルンで初版本が刊行されている。
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R・ブロック『星から訪れたもの(The Shambler from the Stars)』 |
スティーブン・ベイツ (Steven Bates/) |
特になし |
不明 |
不明 |
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H・P・ラヴクラフト&A・W・ダーレス『暗黒の儀式(The Lurker at the Threshold)』 |
アバイジャ・ホードリイ (Abijah Hoadley/) |
特になし |
不明 |
不明 |
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H・P・ラヴクラフト『ダニッチの怪(The Dunwich Horror)』 |