Cthulhu Monsters(た行)






大地の妖蛆

(Worm of the Earth/特になし)

地の底の蛆虫、闇の種族、魔の夜の末裔
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 ブリテン島の最も古い住民であると言われるこの種族は、先史時代のイギリスを扱ったR・E・ハワードの作品に度々登場している。アーサー・マッケンの『輝く金字塔(The Shining Pyramid)』に登場する矮人族もこれと非常に似通っており、これがハワードに受け継がれたものかも知れない。

 彼等は最初は「魔の夜の末裔」と呼ばれる、人間(原始的なモンゴロイド系の種族とされる)、あるいはそれに近い存在であった。
 蛇のように太い髪、忌まわしい程に細く吊り上がった大きな目、平たい鼻、尖った耳、歯擦音からなる言語を話すといった奇怪な特徴を有していた。半地下式住居とトンネルからなる村を築いていたが、各地に環状列石を建立し、その中央に崇拝の対象である<黒の碑>を置いて崇めていた。
 ブリテン島にピクト人が渡って来ると、彼等は森の中、やがては地底の洞窟へと逐い遣られる事になる。地底の深淵で暮らす内に、彼等は徐々に、以前にも増して人間離れした存在へと変化していった。目は蛇の様に瞬きせず、闇を見通せるようになり、口には牙が生え、肌には鱗が生じ、体が痩せ細り縮んで行く一方で頭は不釣合いに大きくなるという、まさに蛇じみた姿へと変わっていったのである(この種族を退化した蛇人間とする説もある)。

 彼等は地底を自在に掘り進むことが出来、夜の間に地下から現れて人間を連れ去る事もあったという。後に、仇敵であるピクト族の大王ブラン・マク・モルンは彼らのこの能力を求められて彼等と取引をした。

 彼等の末裔は現在に至るまで地底で生き長らえており、現在では、鉤爪を備えた、退化した脚と腕にのみかつての名残を留める、大蛇そのもののような姿になっているという。

 R・E・ハワード『夜の末裔(The Children of the Night)』
         『闇の種族(People of the Dark)』
         『大地の妖蛆(Worm of the Earth)』


ダゴン

(Dagon/デイゴン)

父なるダゴン
奉仕種族 旧支配者/水

 大いなるクトゥルーの従者にして深みのものどもの首領。

 地中海沿岸に住んでいた古代ペリシテ人の崇拝していた魚神が由来という話は有名である。古代オリエントにおいては、人魚、あるいは人と魚を張り合わせたような姿で描かれた魚神が、豊穣神として崇拝されることが多かった。ヘブライ人(ユダヤ人)とペリシテ人が抗争関係にあったため、このダゴン崇拝も、わずかながら旧約聖書のサムエル記上や士師記に登場する。
 一説によると、『ダゴン』はヘブライ語のダグ(魚)とアオン(偶像)に由来し、ダゴンが初めて登場するラヴクラフトの『ダゴン(Dagon)』の内容からしても、ダゴンとは人間のつけた名である可能性が高い。
 その巨大な姿は水掻き、飛び出たどんよりとした目、垂れ下がった唇などを備えながらも、全体としては不快なほど人間に酷似している。

 また、このダゴンは、単体ではなく、複数の個体からなる一つの種族のようである。彼らは深海に棲み、鯨を狩ったり、岩に自らの姿を浮き彫りにしたりしている。大変事で海底が隆起するような事でも起こらないと滅多に地上に姿を現す事はない。
 深みのものどもは彼らを「父なるダゴンと母なるヒュドラ(異次元に棲む邪神ヒュドラとは異なるものらしい)」として崇めており、ダゴン「深きものども」の祖先、ないし遠大な年月をかけて巨大に成長したものとする考え方もある。

 H・P・ラヴクラフト『ダゴン(Dagon)』
           『インスマスを覆う影(The Shadow over Innsmouth)』


タマシュ

(Tamash/タマッシュ)

特になし
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   ゾ=カラールロボンと共に、サルナスの都を築いた髪の黒い羊飼いの民に崇拝された、サルナスの三神の一柱。

 他の神々同様、詳しい性質も姿も記されていないが、ケイオシャム社のTRPG『クトゥルフの呼び声(The Call of Cthulhu)』においては、銀の肌と金の衣をした幻影の達人とされている。

 H・P・ラヴクラフト『サルナスを襲った災厄(The Doom that Came to Sarnath)』


知識を守るもの

(The Warder of Knowledge/特になし)

特になし
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〈エルトダウン陶片(シャーズ)〉の19番目の粘土板に、曖昧ながら記されている存在。万有知識の管理者、守護者とされている。

 鱗じみたものに覆われた灰色の触腕を備え、人間とは異質なものである幅広い巨大な貌を持っている。細長い冷ややかな緑色の目は人間の感情を表しようもないほど異様なものでありながら、魅惑的なものがあるという。

 粘土板にはこの存在を召喚するための呪文が記されており、それを唱ると、夢の中でこの存在に出会い、あらゆる知識を目の当りにする事ができる(経験と知識によってその範囲は限られるようだが)。しかし、失われた退散の呪文を唱えなければ、精神は知識を得た後に『知識を守るもの』に同化されてしまい、肉体は死を迎える。

 あらゆる知識といえば、神秘学で語られる『アカシャ年代記』が連想される。これは、地上の全ての出来事と個人的経験が、あらゆる創造物の源である『アカシャ』に記録されているというもので、導師と修行者だけがこれに接触できると言われている。『知識を守るもの』は、このような、世界のどこかに存在する知識の蓄積媒体の顕現なのかもしれない。

 R・F・シーライト『知識を守るもの(The World of Knowledge)』


チャウグナル・ファウグン

(Chaugnar Faugn/チャウグナー・フォーン、クァウグナール・ファウグン)

血をすするもの、ツァンの象神
旧支配者 旧支配者/不明

 この神は地殻が固まっていなかった時代に宇宙からから訪れた邪悪な存在の一人であり、灼熱の地上に降り立ち、より強大な存在となるべく他のもの達を喰らい尽くした(また、この時に両生類の肉からミリ=ニグリを創り出したという説もある)。

 地球と同じぐらい古い、生きた石によって形作られるその体は静謐さと凶悪さを漂わせる恐ろしいものである。人間のそれに似た腕の他に、先がラッパの様に広がった長い鼻、触手と水掻きのついた大きな耳、水晶の様な半透明の牙などを持つ、部分的に象を思わせる要素を持つ。

 昼は石の玉座の上に鎮座しており、この時は不気味な石像にしか見えないが、夜になると動き出し、その恐ろしい本性を発揮する。この神の糧は人間の赤い生き血であり、それなしでは堪え難い苦しみを受けるため、その鼻を伸ばして犠牲者の生き血を啜った上に、残虐な方法でさんざん弄ぶのだ。

 現在の西仏国境にあたるピレネー山脈の奥深くに、ミリ=ニグリを従え、兄弟たちとともに棲んでいた時期もあったが、やがてこの地方に進出してきたローマ帝国の干渉を受けるようになった。
 彼らにとって、ローマを瞬時にして滅ぼすことはたやすかったが、時間をその肉体とするチャウグナル・ファウグンは、時の満つる前にローマを滅ぼすことを好まなかった。あくまでこの地に居座り続けようと主張する兄弟達と決別し、ツァン高原の洞窟にその棲みかを移した彼は、いつか白人の従者が現れて自分を再び外の世界に連れ出す時、自分は世界の全てを我が物とし、全てを喰らい尽くして全宇宙を自らで満たすという予言を残した。
更に神官達(と言っても、敬うよりは祟りを恐れて仕えているらしい)の伝える所によると、チャウグナル・ファウグンは時間の中に受肉する前は全宇宙を自らの中に収める万物の総体であったと言う。

 しかし、この伝承は事実を伝えていない可能性が高い。この神の行動、そして最期を見る限り、チャウグナル・ファウグンは通常の生物から大きくかけ離れた太古の存在でしかないというのが実情のようだ。

 H・P・ラヴクラフト&H・ヒールド『博物館の恐怖(The Museum Horror)』
 F・B・ロング『恐怖の山(The Horror from the Hills)』
 L・カーター『墳墓の主(The Tomb Dowellers)』


チョ=チョ人

(Tcho-Tcho People/チョー=チョー人、トウチョ=トウチョ人、トゥコ=トゥコ人)

原初の邪悪の落とし子
奉仕種族 *****

 双子の卑猥なるものロイガーツァールに仕えており(クトゥルーにも仕えている可能性があるが、そうだとすれば、ロイガーツァールの主であるハスタークトゥルーと対立している事から考えると奇妙な話である。恐らくダーレスの神話観がまだ固まっていなかったのだろう)、〈旧支配者〉によって創り出された種族である。

 身長4フィート(約120p)もない矮人族であり、ドーム状の無毛の頭部と深く落ち窪んだ異様に小さな目を持っている。知性や文明の面ではやや劣っており、武器はせいぜい刃物を使うぐらいであり、火器などは想像する事も出来ない。しかし体格に似合わず、人間一人を軽々と5フィート(約1m半)も投げ飛ばす怪力を持っている。性質は単純素朴であるが、邪悪な性格であると同時に生まれながらにして〈旧支配者〉への忠誠が身に染みついている。

 ミャンマーなどインドシナ半島各地やマレー半島、中国奥地に棲んでいるが、ロイガーツァールに直接仕えるものはミャンマー奥地のスン高原にある古代都市アラオザルに棲んでおり、地面を掘り下げてロイガーツァールやその眷属の眠る地下洞窟を発掘し、再び彼らに地上を席捲させようとしている。ロイガーツァールの崇拝者はチベット――おそらくはツァン高原あるいはレン高原――にも棲んでいるらしい。
 ヒールドの原案をラヴクラフトが添削した『博物館の恐怖』によると、インドシナの某所にもチョ=チョ人の廃墟都市があり、地下にある池では長円形の生物が泳いでいたのが目撃されている。
 また、マレーシア、ヌグリ・スンビラン州の山奥に棲んでいるものはチョーチャ族(The Chaucha)とも呼ばれ、同地の住民から忌み嫌われている。外見については「アジア人そのもの」に見えると書かれており、取り立てて特徴が記されていない事を見ると、人間と混血が進んでさほど特異でない姿をしているのかも知れない。
 彼らはシュグ・オランという怪物と関わりがあると言われている。

 A・W・ダーレス&M・R・スコラー『潜伏するもの(The Lair of the Star Spawn)』
 H・P・ラヴクラフト&H・ヒールド『博物館の恐怖(The Museum Horror)』
 H・P・ラヴクラフト『時間からの影(The Shadow Out of Time)』
 A・W・ダーレス『ネイランド・コラムの記録(The Statement of Nayland Colum)』
 T・E・D・クライン『角笛を持つ影(The Black Man with the Horn)』


ツァール

(Zhar/ザール)

特になし
旧支配者 旧支配者/風

 ロイガーの双子であり、「双子の卑猥なるもの」「忌むべきツァールと憎むべきロイガー」などと並び称せられるが、ロイガーより強大な存在であるらしい。しかし、ロイガーに比べるとほとんど語られていない。

 ダーレスとスコラーの合作『潜伏するもの(The Lair of the Star Spawn)』では、ミャンマー奥地のスン高原にある忘却の都市アラオザルの地底にロイガーと共に封印されており、チョ=チョ人に仕えられる。アラオザルに棲むチョ=チョ人は地下洞窟を掘り下げ、地底に封じられた主を解放しようとしている。しかし、チョ=チョ人に捕らえられていたフォ=ラン博士とエリック・マーシュに召喚された星の戦士によって、ロイガーとともにアラオザルごと破壊された。

 もっとも、後にはロイガーはアークトゥルス星に幽閉されており、アークトゥルスが地平線の上に昇り、満月が空にある時だけ幽閉場所を離れられる、という設定になっているので、双子であるツァールも同様の状態にあると考えられる。
 姿については不明だが、双子であるロイガーと同様な姿をしているのではないだろうか。

 A・W・ダーレス&M・R・スコラー『潜伏するもの(The Lair of the Star Spawn)』


ツァトゥグァ

(Tsathoggua/ツァトホッグァ、ツァソグァ)

おぞましきもの、蟇ににたもの、怠惰な邪神
旧支配者 旧支配者/地

 クトゥルー神話中で少なからぬ地位を占めるこの神は、クラーク・アーシュトン・スミスによって創り出された存在である。彼はツァトゥグァの生い立ち等の細かい設定作りや肉付けまで行っているのだ。
 彼がR・H・バーロウに宛てた手紙と作品の内容を併せてこの神の経歴を語ると次のようになる。

 アザトースの子であるクグサクスクルスより生み出されたギズグスと、分裂繁殖する生物イクナグンニスススズより生まれたズズトゥルゼームグニの間に生まれた子がツァトゥグァである。彼らは一族で遥かな宇宙の彼方から太陽系に飛来してユゴス(冥王星)に居を定めた。クグサクスクルスは人肉嗜食(共食い?)の性質を持っていたため、フジウルクォイグムンズハーは惑星ヤクシュ(海王星)、次いでサイクラノーシュ(土星)に移り住み、ツァトゥグァは両親と共に、クグサクスクルスの破壊を免れた洞窟に長きに渡って潜んでいた。
 クグサクスクルスはユゴスに住み続けたが、やがてツァトゥグァフジウルクォイグムンズハーのずっと後にサイクラノーシュに渡り、地球が出来た頃に別次元を経由して暗黒の地下世界、ンカイに現れた(別次元を通るには闇が必要らしい)。

 地球に居を移したツァトゥグァは、ンカイの上にある赤く輝く地下世界ヨトの『ヨト写本』に言及され、青く輝く地下世界クン・ヤンで崇拝された。
  北極に古代文明ヒューペルボリアが栄えていた頃は地表近くまで移動し、首都コモリオムに程近いエイグロフ山脈、ヴーアミタドレス山の地下の洞窟に棲んで、ヴーアミ族や一部の人間に崇拝されていたヒューぺルボリアに於いては邪教として禁止されていたにも関わらず、末期にはツァトゥグァ崇拝が大流行する。
 ツァトゥグァの崇拝者であった魔導師エイボンの遺した『エイボンの書』はもちろん、ロマールの『ナコト写本』などでもツァトゥグァのことが語られている。ちなみにツァトゥグァについて記したアトランティスの高僧『クラカーシュ・トン』とは、文通仲間の間で使用されていたスミスの渾名である)。
 やがて氷河期が訪れ、ヒューぺルボリアは滅亡し、ツァトゥグァは再びンカイに戻った。

 シャタクという来歴不明の神性との間にズグゥイルポググーアという子を設けており、その子スファティクルルプがヴーアミとの間に産み落としたのがクニガティン・ザウムだともいわれている。


 ツァトゥグァは不定形で可塑性の体を持つと言われているが、人間には全身を覆う柔毛に、蝙蝠に似た顔、ナマケモノ(現在のナマケモノなのかヒューぺルボリアに生息していたオオナマケモノなのかは不明)を思わせる胴体、細い目を持つ太鼓腹の蝦蟇に似た姿が知られている。
 人間には怠惰とも思える行動原理に従っているらしく、空腹の時でもじっと動かずに獲物、あるいは生贄を待ち続ける。満腹の時は人間と出会っても穏やかで中立的な態度を取る。

 なお、ツァトゥグァについては地方毎に異なる呼称が作品中で明記されている。フランス風ではゾタクア(Zhothaqquah)、ラテン風ではソダグイ(Sodagui)と呼ばれ、ニューイングランド一帯の原住民の間ではサドゴワア(Sadogowwaah)と呼ばれているらしい。

 C・A・スミス『サタムプラ・ゼイロスの物語(The Tale of Satampra Zeiros)』
        『魔道士エイボン(The Door to Saturn)』
        『七つの呪い(The Seven Geases)』
 H・P・ラヴクラフト&Z・B・ビショップ『墳墓の怪(The Mound)』
 H・P・ラヴクラフト&A・W・ダーレス『暗黒の儀式(The Lurker at the Threshold)』


ツァトゥグァの不定形の落とし子

(Formless Spawn/無形の落し子)

不定形の黒いねばねばした塊
奉仕種族 *****

 ツァトゥグァの神殿や神像のもとに姿を見せる、黒いねばねばした不定形の生物。明白に正式な名を持つ特定の存在として扱われたわけではないが、登場作品における描写の強い共通性から、同一のものと見て間違いないだろう。ケイオシャム社のTRPG『クトゥルフの呼び声』で「不定形の落とし子」の名を得るに至った。

 ヒューペルボリアの首都ウズルダロウムの盗賊、サタムプラ・ゼイロスとティロウヴ・オムパリオスが、数百年前に廃墟と化した旧都コモリオムの密林に眠るツァトゥグァの神殿に侵入したところ、内部の中央に青銅製の巨大な大鉢を見つけた。直径6フィート(約180cm)、深さ3フィート(約90cm)におよぶこの鉢の中にはくすんだ煤のような色をした、粘着性のある半液体状のものが満ちており、沼地の生き物のような奇妙な悪臭を放っている。これが生命体であり、用途に応じて目や触手、腕や足や鉤爪といった器官を形成することが出来る。肉食を好む狂暴な生き物であり、全身で巨大な口を形成して襲い掛かるか、触手などで捕まえて恐ろしい力で締めつけ、その部分から肉体を吸い取って食べてゆく。

 また、クン・ヤン住民が、ヨトの地下に広がる暗黒世界ンカイに探検隊を出したところ、石の通路に横たわって、縞瑪瑙や玄武岩でできているツァトゥグァ像を崇拝している黒いねばねばした不定形の生命体を発見した。この存在は目的に応じてさまざまに体の形を変化させることができたという。探検隊がこの話を持ち帰った結果、ンカイへの通路は閉ざされ、衰えつつあったクン・ヤンでのツァトゥグァ崇拝に決定的な打撃を与えた。

 また、ラヴクラフトの『銀の鍵の門を越えて』によると、ツァトゥグァはアークトゥルスを回っていた二重星キタミールから飛来しており、キタミールにはツァトゥグァを崇拝する太古の実体が住まっているという。さらに、ランドルフ・カーターによるとキタミール人は無定形の存在であり、遠い祖先にあたるという。カーター一族だけの祖先に当たるのか、人類全体の祖先に当たるのかは判然としないが、後者だとすれば古のものウボ=サスラ以外にも人間の祖先に関する伝承が神話中にあることになる(ちなみにキタミール星人の祖先は超銀河の星ストロンティの生物だという)。この存在こそが落とし子であり、彼らはキタミールからツァトゥグァと共に飛来したのかも知れない。

 詳しい正体などは不明だが、やはり黒く、不定形とも言われるツァトゥグァの、実際に『落とし子』なのかもしれない。

 C・A・スミス『サタムプラ・ゼイロスの物語(The Tale of Satampra Zeiros)』
 H・P・ラヴクラフト&Z・B・ビショップ『墳墓の怪(The Mound)』


月の怪物

(Moonbeast/ムーンビースト)

蟇に似た怪物
独立種族 *****

 菌類や月樹の繁茂する『夢の国』の月の裏側に、都市や港を築いて棲んでいる生物。灰白色のぬるぬるした肉体はゼリー状だが、おおむね蟇を思わせる形をとる。目はなく、短い鼻状の部分の先にピンク色の触覚が密生している。

 彼等はニャルラトホテップ蕃神を崇め、その手先となって暗躍している。
 宇宙を越える黒いガレー船を駆って地球へ訪れ、レン高原を征服したり、インクアノク沖にある岩礁のルビー鉱山に基地を築いたり、そのルビーをダイラス=リーンで売ってその川向こうのパルグから黒人奴隷を購入したりしている。レンの住人や人間から購入した奴隷を奴隷として従え、月や地球での活動に使っている。

 H・P・ラヴクラフト『未知なるカダスを夢に求めて(The Dream Quest of Unknown Kadath)』


ティンダロスの猟犬

(Hounds of Tindalos/特になし)

 
独立種族 *****

 時間を超えた始原の領域に棲まう超次元の存在たち。
 時間が始まるその以前の始原において、言い表せないほどに怖ろしいある「行為」、木と蛇と林檎の原罪の神話で漠然と伝えられる「行為」が行われた。それによって清澄と不浄が生み出された。時間には湾曲と角度が存在し、清澄は湾曲した時間を、不浄は角度のある時間を通して顕現する。角ばった時間に存在する生物は湾曲した時間に入れない。
 そして、「行為」によって、清浄から逸脱した存在として産み落とされ、死の実体、すべての不浄を受け入れる実体と成り果てた存在がティンダロスの猟犬である。ティンダロスの猟犬は、始原の領域において、地球上では対応するものがない奇怪な角度をよぎって蠢いている。餓えて痩せ切ったその体には、宇宙の邪悪全てが凝縮されているという。

「行為」から汚れなくあらわれた清澄の部分を、ティンダロスの猟犬は憎み、それに餓えている。そして、人間は「行為」に関わりを持たない清澄な要素を持っている。そのため、人間が何らかの方法で始原の領域に足を踏み入れるなどして、ティンダロスの猟犬に清澄な部分を嗅ぎ付けられれば、猟犬は時空を超えて獲物を追い求め、引き裂いてしまう。
 角度ある時間を通して顕現する性質と何らかの関係があるのか、ティンダロスの猟犬がこの世界に現れるためには、角度を通らねばならない。そのため、角度が全く存在しない場所にいれば、猟犬の襲来を防ぎうるかも知れない。
 ちなみに、ラヴクラフトの『魔女の家の夢(The Dreams in the Witch-House)』には、特定の角度を通って時空を行き来する魔女、キザイア・メイスンが登場するが、これと似た原理が関わっているのかも知れない。

 しかし、防御策を講じても安心はできない。猟犬にはドエルや、サテュロスとして表される存在が力を貸すことがあり、猟犬の障害を取り除いて犠牲者のもとに導いてしまうからだ。
 ドエルティンダロスの猟犬に力を貸すのは、彼らの超次元からのエネルギー放射によってこの次元に生み出されたためである。

 F・B・ロング『ティンダロスの猟犬(Hound of Tindalos)』
 H・P・ラヴクラフト『闇に囁くもの(The Whisperer in Darkness )』


ドエル

(Doel/特になし)

新しい形態の細胞生命体
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 日本では一般的に「ドール」と記述され、ドールと同一の存在とされるが、原文の表記が異なり、本来は別の存在である可能性もあるため、別項で記した。
 
 この存在はティンダロスの猟犬との関わりにおいて言及される。嗅ぎつけた獲物を、時空を超えて追い求める猟犬に力を貸す存在であり、その障害を排除する。どのような力を備えているのかは詳しくは語られていないが、地震を起こす力などを持っているようである。
 ロングの『ティンダロスの猟犬(Hound of Tindalos)』では、ティンダロスの猟犬に襲われた犠牲者、ハルピン・チャーマズの惨死体に、青みがかった粘着性の物質が残されていた。この物質は生命をもつ原形質に似ているが、通常の生物の細胞の活動に不可欠である酵素を欠いている。細胞が死ぬと酵素は加水分解によって細胞を分解するため、酵素を持たないこの原形質は永続的な活力、すなわち不死性を持っているという。

 ハルピン・チャーマズの遺作『秘密を見守るもの』によると、異次元からの、通常の生命を産み出したものと異なる力が、エネルギー(ないしそれに似たなにか)を放射し、それが未知の次元から到来して、この次元において新しい形態の細胞生命体を創造する。その現われがドエルだという。
 彼らの造物主は「時間と物質を超越したおぼめく岸辺」から望める、「奇怪な湾曲、驚くべき角度をよぎって動いていた」もの、すなわちティンダロスの猟犬と考えられる。

 F・B・ロング『ティンダロスの猟犬(Hound of Tindalos)』
 H・P・ラヴクラフト『闇に囁くもの(The Whisperer in Darkness )』


ドール

(Dhole/特になし)

特になし
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 ロングの『ティンダロスの猟犬(Hound of Tindalos)』に登場するドエルとは原文の表記が異なり、本来は別の存在である可能性もあるため、別項で記した。

 この存在はまず、ラヴクラフトの『未知なるカダスを夢に求めて(The Dream Quest of Unknown Kadath)』に登場する。『夢の国』の地下世界にあるトゥロク山脈に囲まれるナスの谷において、這い回り窖をうがっている存在だが、その姿は人の目には見えず、ナスの谷に散らばる骨の山を蠢いて立てる音や、のたうって膨れたり縮んだりしながらすり抜けるときのぬらぬらした感触から知られているのみである。

『銀の鍵の門を越えて(Through the Gates of Silver Key)』 にもドールと呼ばれる怪物が登場する。『未知なるカダスを夢に求めて』でのドールとはかなり異なる存在で、不可視ではなければ『夢の国』の存在でもない。
 現在から数千年前におけるヤディス星の窖に封じられている、粘液にまみれた青白い、数百フィート(数十メートル)に達する巨大な存在である。ヤディス星の住人たちは、惑星を掘りぬく原初の隧道での戦いや、魔道士たちの呪文によってドールたちを封じているが、最終的にはドールたちは大地にあふれ、ヤディスを死滅させることになる。
 カーターの『シャガイ(Shaggai)』において、シャガイの昆虫たちが傲慢ゆえに呼び出してしまった、シャガイの地殻を喰らって成長し続ける、白いゼリー状の蛆のような怪物も、このドールかも知れない。

 H・P・ラヴクラフト『未知なるカダスを夢に求めて(The Dream Quest of Unknown Kadath)』
           『銀の鍵の門を越えて(Through the Gates of Silver Key)』


ドジュヒビ

(Djhibbi/ジュヒッビ)

特になし
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 サイクラノーシュヒューペルボリアでの土星の呼び名)に棲む、翼を持たない鳥人族。数年に渡ってそれぞれの苦灰岩(細かい結晶質の石。煉瓦の材料になる)止まり台に留まり、宇宙についての瞑想にふける生活を送っている。長い間隔を空けて、ヨプ、イープ、イヨープという音節を互いに交わし合うが、その音は彼らの深遠な思考の範囲の広さを表しているという。
 ヒューペルボリアの魔導士エイボンとモルギが、ブフレムフロイムの領域とイドヒームの領域の間にある徒歩で一日の領域を旅したときに彼らを目撃している。

 C・A・スミス『魔道士エイボン(The Door to Saturn)』