バイアクヘー (Byakhee/バイアキー、ビヤーキー) | |
星間宇宙を旅するもの | |
名状し難きものハスターに仕える、星間宇宙に棲む飛行生物。 地球上でも宇宙空間でも光速で飛ぶことができ、ハスターに仕える者、あるいはハスターと対立するクトゥルーやその眷族と敵対するためにハスターの力を借りようとする者によって召喚されることがある。バイアクヘーを召喚するためには、飲んだ者の知覚力を高め、時間と空間を超えて旅する事を可能にする〈旧神〉の黄金の蜂蜜酒を飲み、魔力のある石笛を吹き、次の呪文を唱える。
Hastur cf'ayak vulgtmm, vugtlagn, vulgtmm! Ai! Ai! Hastur! 呪文を唱えると、すぐにバイアクヘーが飛んできて、召喚者を望む場所へと運ぶ。ただし宇宙空間を通過するような場合は、一旦、凍てつく荒野のカダス、レン高原、アラビアの砂漠の無名都市、他の世界などに立ち寄り、そこで召喚者の肉体を保存してから精神だけを乗せて目的地へと向かうことになる。 その姿は本来、巨大な蝙蝠のような翼を持つということ以外は不明なのだが、ラヴクラフトの『魔宴』に現れる「烏でもなく、土龍にでもなく、禿鷹にあらず、蟻にあらず、吸血蝙蝠とも違い、腐れ爛れた人間とも違い」と描写されるおぞましい有翼の雑種生物がバイアクヘーであろうとされている。 | |
H・P・ラヴクラフト『魔宴(The Festival)』 A・W・ダーレス『アンドルー・フェランの手記(The Manuscript of Andrew Phelan)』 『エイベル・キーンの書置(The Deposition of Abel Keane)』 『クレイボーン・ボイドの遺書(The Testament of Claiborne Boyd )』 『ネイランド・コラムの記録(The Statement of Nayland Colum)』 『ホーヴァス・ブレインの物語(The Narrative of Horvath Blayne)』 |
バイアティス (Byatis/特になし) | |
忘却の神、バークリイの蟇 | |
旧支配者と共に地球へと訪れた神。ルートヴィッヒ・プリンが『妖蛆の秘密』の中で「蛇を髭のごとく生やす」と述べているとおり、単眼を持つ顔から、蛇に似た器官が髭のように生えている。蟹のような鋏を備えているが、象の鼻の様な口先が縮むと、おおよそ蝦蟇のように見える。また、蝙蝠の様な翼で空を飛ぶとも言う。 バイアティスの単眼を見たものは、成す術もなくその魔手に囚われ、バイアティスはこうした獲物を喰らって、その生命力の一部を糧とし、際限なく巨大に成長してゆく。 『妖蛆の秘密』にはまた、暗きハン、蛇神イグと共に予言の神であるとも、「深みのものども」によって地球にもたらされたバイアティスの偶像に敬意を表する、あるいは生けるものが偶像に触れる事によって召喚されるとも記されている。 ローマがブリテン島に侵攻する遥か以前から、この神はブリテン島の石造りの扉の背後に封じられていたという。その後、ローマの兵士によって解き放たれたバイアティスはバークリイ一帯を脅かしていたが、セヴァンフォード外れの長らく無人だったノルマン人の城に住み着いたギルバート・モーリイ卿によって呼びだされた。 モーリイはバイアティスの宇宙的な活力によって、クトゥルー、グラアキ、ダオロス、シュブ=ニグラスの放つ思念を受け取り続け、バイアティスのために餌を与えていたが、バイアティスがあまりに巨大化したために、バークリイ街道をはずれた居城の地下室に幽閉した。
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R・ブロック『星から訪れたもの(The Shambler from the Stars)』 R・J・キャンベル『城の部屋(The Room in the Castle)』 |
ハスター (Hastur/ハストゥール、ハストゥル) | |
名状し難きもの、名付けられざるもの、無名のもの、羊飼いの神 | |
クトゥルーの敵対者にして半兄弟であると言われる存在。ヒヤデス星団のアルデバラン近くの暗黒星にあるカルコサの都に近いハリの湖に幽閉されている。 この存在は「クトゥルー神話」の中で作られたものではない。「クトゥルー神話」成立以前に、アンブローズ・ビアースの『羊飼いハイタ(Haiti the Shepherd)』の中で「カルコサ」も「ハリ」などの言葉とともに語られており、この段階ではハスターは羊飼いの神であったらしい。これらの単語はロバート・チェンバースによっても使用され、ハスターは星の名とされた。 「クトゥルー神話」に登場するのはラヴクラフトの『闇に囁くもの』であり、古より続く邪教に関連するものとして、言葉だけ登場している。これらの言葉が「クトゥルー神話」中で現在の意味を持つようになったのは、ダーレスの『ハスターの帰還』以降だろう。彼の一連の作品の中では、「水」の邪神クトゥルーと対立する「風」の邪神ハスター、それに関連するものとしての「ヒヤデス」「カルコサ」「ハリ」が登場している。 一説には星間宇宙の象徴とされ、星間宇宙を飛び回る生物、バイアクヘーを従者としている。
その姿は、「名状し難きもの」の名に相応しいと言うべきか、目撃者によって様々な形容がなされ、明確になっていない。
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A・ビアース『羊飼いハイタ(Haiti the Shepherd)』 R・W・チェンバース『名誉修理者(The Repairer of Reputations)』 H・P・ラヴクラフト『闇に囁くもの(The Wisperer in Darkness)』 A・W・ダーレス『ハスターの帰還(The Return of Hastur)』 『アンドルー・フェランの手記(The Manuscript of Andrew Phelan)』 『エイベル・キーンの書置(The Deposition of Abel Keane)』 『クレイボーン・ボイドの遺書(The Testament of Claiborne Boyd )』 『ネイランド・コラムの記録(The Statement of Nayland Colum)』 『ホーヴァス・ブレインの物語(The Narrative of Horvath Blayne)』 |
バステト (Bast/バスト、バースト) | |
猫の女神、ブバスティスの女主人、アトゥムの娘、ラーの目 | |
セベクと同じく、古代エジプトで実際に崇拝されていた、猫の女神。大の猫好きであったラヴクラフトは、しばしば友人との手紙の中で、「猫の神バストの神官、狂えるラヴェ・ケラフ」と名乗っている。 この神は、バステト、バスト、バースト、ブバスティスなどと呼ばれるが、「バスト」は地名もしくは香油壷を指し、そのうしろに女性形をあらわす「ト」を付けたものが「バステト(バストの女神)」である。「ブバスティス(Bubastis, Boubastis)」はバステトの神殿のある都市ペル・バステト(バステトの家、現在のテル・バスタ)をギリシャ風に読んだものである。ゆえに、神名としては「バステト」が妥当かと思われる。 猫の女神として知られるが、そもそもは獰猛な牝獅子の女神であり、おなじく牝獅子の女神であるセクメトと同一視されたり、獅子の神マヘスの母とされていた。やがて家の守り神としての側面が強調され、セクメトが獰猛さを残すのに対し、バステトは愛と歓喜、音楽をつかさどる愛情ぶかい守護神とされるようになった。エジプト新王国時代の終わった頃には猫の女神とされており、右手はシストルム(がらがら)、左手に盾を持った猫頭の女性の像で表された。壁画には、蛇のかたちで侵入する悪霊を切り裂くリビアネコやサーバルキャットの姿が描かれている。 古代エジプトに興味を持っていたブロックは『ブバスティスの子ら(The Blood of Bubastis)』のなかで、ルートヴィッヒ・プリンの『妖蛆の秘密』の内容として以下のような設定を創作した。頽廃の時代、バステトの一部の司祭達は残酷な崇拝儀式を行い、半人半獣の神々の姿として伝えられる、人間と動物を混ぜ合わせた怪物を創り出したと言う。その行為のために追放された司祭達は、船で西へと逃れ、イギリスのコーンウォール半島に渡り、その地下洞窟で、人肉食をふくむ残酷な行為を行いながら無数の獣人を創造した。 TRPG『クトゥルフ神話TRPG(Call of Cthulhu)』では、地球と『夢の国』の猫の神であり、すべての猫が野生の心をもって彼女を信仰しているとしている。猫を虐待するものがあれば眷族である猫やネコ科の猛獣を使わして報復を行なうともいう。これはラヴクラフトの『ウルタールの猫(The Cats of Ulthar)』を解釈した設定なのかも知れない。 | |
H・P・ラヴクラフト『未知なるカダスを夢に求めて(The Dream Quest of Unknown Kadath)』 R・ブロック『嘲笑う屍食鬼(The Grinning Ghoul)』 『ブバスティスの子ら(The Blood of Bubastis)』 『暗黒のファラオの神殿(Fane of the Black Pharaoh)』 |
ハン (Han/特になし) | |
特になし | |
***** | 旧支配者/地 |
ルートヴィッヒ・プリンの『妖蛆の秘密』に「暗きハン」と記され、イグ、バイアティスと共に「予言の神」とされている他は、全く謎の神性である。 理由は不明だが、リン・カーターはこの神を、四元素の「地」に属する小神であり、古代中国で崇拝されたものではないかと述べている。 | |
R・ブロック『星から訪れたもの(The Shambler from the Stars)』 |
ヒュドラ (Hydra/ハイドラ) | |
千の貌持てる月霊、一千の顔の月 | |
外なる神(異形の神) | 旧支配者/不明 |
カットナーの『ヒュドラ(Hydra)』に登場する、外世界の深淵に棲む存在。ギリシア神話のヒュドラの原型らしい。 古代のローマ人の大地母神崇拝にも関係しており、「ゴルゴ、モルモ、千の顔持てる月霊」というヘカテ崇拝の文句が唱えられていたらしく、こうした古代の母神と関係するものかも知れない。 ヒュドラが多くの頭を備えていると言われるのは、その生態に由来する。この存在は生物の脳(あるいは精神)を糧とし、それを吸収する事によって様々な世界に現れるのである。 ヒュドラの崇拝者達は主が糧を得るための手助けを時々行なっている。その方法とはアストラル体(霊体)の投影実験の方法の流布である。この実験はある種の麻薬を吸う事によって行なわれるが、この時、麻薬の作用でこの世界と外世界を隔てる帳が破れ、実験者は外世界に引き寄せられる。この実験者を媒体としてヒュドラは世界に現れ、実験者が投影の対象として念じていた相手の元へと現れ、その魂を捕食するのである。 犠牲者は養分を吸い取られるためヒュドラに溶け込まされ、耐え難い苦痛に苛まれながら永遠に生かされ続ける。アストラル体となった者の目には、灰色の粘着質の海の様なヒュドラの本体から、永劫の苦しみにもだえる無数の犠牲者(この世界のものとは限らない)の首が生えていると映る。 犠牲者を救うには首をヒュドラの本体から切り離し、元の世界で生存できるように全身を再生するしかないが、そのためにはアザトースの棲む究極の混沌の中心に赴かねばならない。 なお、カットナーのヒュドラと、ダゴンの妻である「母なるヒュドラ」は別物であり、「母なるヒュドラ」はダゴンと同様の生物と思われる。 もっとも、前述のように異次元のヒュドラも母神としての要素は何らかの形で備えているのではないだろうか。
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H・カットナー『ヒュドラ(Hydra)』 |
ヒュプノス (Hyupnos/特になし) | |
嘲笑う神、貪欲無比な眠りの神 | |
外なる神(旧き神) | 旧神 |
眠りの世界を支配する神。『夢の国』と現世との間に縛り付けられていると言うが、現世に力を及ぼす時には「北の冠座(いわゆる“かんむり座”)」の方角から現れる。 その姿は、最悪の悪夢のように歪んだ恐ろしいものであると言うが、天空から地上に降り立つ時には妙に輝きを欠いた、金色がかった赤い光線の姿を取る事もある。そしてまた、ふさふさと波打つ巻き毛に そもそもこの神はギリシア神話に登場する眠りの神であり、カオス(混沌)の娘である夜の女神ニュクスの息子にしてタナトス(死)の双子の兄弟とされる存在であった。 夢見る人間の中には眠りの世界の奥深くに分け入る者がいる。中には眠りの世界を越えて天球に辿り着き、戦いに勝利を収めて宇宙の支配者の地位を手にしようと言う野心を持つ者もいるが、ヒュプノスの注意を引いてしまったが最後、恐ろしい災いが降りかかる。ヒュプノスに魅入られた人間は、毎晩の夢の中ですさまじい恐怖を味わい、覚醒時は絶えず北の冠座からの、嘲笑う様なヒュプノスの呼び掛けに苦しめられ、最後には何か別の物に姿を変えられてしまう。
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H・P・ラヴクラフト『ヒュプノス(Hyupnos)』 |
ブオ (Buo/特になし) | |
超古代のもの | |
***** | ***** |
ヤディス星に棲む存在。精神生命体である可能性もある。太古の昔にヤディス星を支配していた獏のような鼻を持つ知的種族とも交流が会ったらしいが、詳細は不明。
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H・P・ラヴクラフト『銀の鍵の門を越えて(Through the Gates of Silver Key)』 |
深みのもの (Deep One/ディ−プワン、深きもの) | |
ルルイエの無尾両生類 | |
奉仕種族 | ***** |
数ある奉仕種族の中でも最も有名なものがこの「深みのものども」だろう。 父なるダゴンと母なるヒュドラを始祖とし、大いなるクトゥルーに仕えるこの生物は、膨れ上がった眼球と 彼らは世界中の海に棲んでおり、世界各地の伝説や民話に現れる魚神や蛙神、海神の原型となっている。人の手の届かない深海でも支障なく活動できるようである。 また、陸上でも活動でき、類人猿のように身を屈めて、二本足、あるいは四本足でぴょんぴょんと飛び跳ねて移動する。ただし、あまり乾燥した所では活動できない。喉にかかった吠えるような声で会話をするが、一種の手話で意志を通じ合う事も多いらしい。 彼らは無限の寿命を持ち、殺されない限り死ぬ事がない。また飢餓にも強く、食べ物が手に入らない時でも、肉体を縮めて何年も生き延びる事が出きる。しかし火には弱く、比較的簡単に焼き殺されてしまう。また、〈旧神〉の印にも弱く、触れる事すらできない。 彼らの最も驚くべき、そして忌まわしい要素は、人間との混血が可能だと言う点だろう。「深きものども」と人間の間に生まれた子供は、最初は人間の姿をしているが、二十歳頃から目が膨れ、鼻が平たくなり、鰓が張り、頭が禿げ、皮膚がざらざらするといった変化が進み、老人になる頃には完全に深みのものと化してしまう。直接、深みのものの血を受けていなくても、隔世遺伝で変貌が発現することもある。 こうした深みのものの血を引く者の中には自分の素性を知らない者も存在するが、そういう者もいずれは体が変化し、夢の中で深みのものどもの棲む海中を訪れたり、同族から呼びかけられ、自殺でもしない限りは、身も心も深みのものに変わってしまう運命から逃れる事はできない。 深みのものどもと交渉を持つうちに混血が進み、完全に深みのものどもの棲む土地と化してしまった、オタハイト(タヒチ)島の東方にある孤島や、マサチューセッツ州の漁港インスマスのような土地も存在する。
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H・P・ラヴクラフト『インスマスを覆う影(The Shadow over Innsmouth)』 A・W・ダーレス『エイベル・キーンの書置(The Deposition of Abel Keane)』 『ルルイエの印(The Seal of R'lyeh)』 『閉ざされた部屋(The Shuttered Room)』 J・ウェイド『深きものども(The Deep Ones)』 B・ラムレイ『けがれ(The Taint)』 |
フジウルクォイグムンズハー (Hziulquoigmnzhah/フズィウルクォイグムンツァ) | |
特になし | |
***** | ***** |
ツァトゥグァの叔父に当たる神性。醜悪なシェルエットをしたその姿はどこかその甥を彷彿とさせ、全身を毛に覆われ、異様に短い脚と異様に長い腕を備えた球状の胴から、宙返りしているかの様に眠たげな表情を持つ頭部が垂れ下がっているという。 サイクラノーシュ(土星)に棲む、ツァトゥグァと縁のある幾つかの神性の中で最も強壮な存在であるという。だが、凶暴な性格ではなく、哲学者めいた思慮深い穏健な存在である。 フジウルクォイグムンズハーの出生は、彼の創造者であるC・A・スミスが、R・H・バーロウに宛てた書簡に詳しい。 それによると、彼はアザトースの子であるクグサクスクルスの子、ツァトゥグァの父ギズグスの兄弟であり、クトゥルーの従兄弟であるという。遥かな世界で生まれた彼は、クグサクスクルス、ギズグスとその妻ズズトゥルゼームグニ、ツァトゥグァと共に、太陽系に到来してユゴス(冥王星)に移り住んだ。 クグサクスクルスの人肉嗜食の性質を嫌い、フジウルクォイグムンズハーは幼くしてヤクシュ(海王星)に移住したが、ヤクシュの住民の異常な信仰心に嫌気がさしてサイクラノーシュに移り住んだ。イドヒームを始めとするサイクラノーシュの生物の崇拝を受けたが、ヤクシュの時と同様に、自分の崇拝者に嫌気がさし、ヒューペルボリアの魔道士エイボンがサイクラノーシュを訪れた時には、すでに隠遁生活に入っていた。 現在でも当時と同様に、サイクラノーシュの広大な入り口に柱のある洞窟に住まいし、その地にある流動金属の湖で渇きを癒しているという。 | |
C・A・スミス『魔道士エイボン(The Door to Saturn)』 |
プトマク (Ptmak/特になし) | |
特になし | |
***** | ***** |
スミスはバーロウに宛てた1934年6月16日の書簡でのみ語られる神性。その内容も豊富なものではないが、クトゥルーとその種族「ナグの子」の直接の親だという。 ラヴクラフトの作成した系図によると、ナグはヨグ=ソトースとシュブ=ニグラスの子であり、クトゥルーの親となる。プトマクの存在を考えるなら、おそらくこの流れのどこかに入ることになるのだろう。 | |
C・A・スミスのR・H・バーロウに宛て書簡(未邦訳) |
ブフレムフロイム (Bhlemphroim/特になし) | |
特になし | |
***** | ***** |
サイクラノーシュ(土星)に棲む種族の一。二本の足と、無毛の黒っぽい、頭と胴が一体化した体を持ち、目、耳、鼻、口等の器官が胸と腹部に異様な有様で集中している。この頭と胴が一体化しているという特徴は進化の過程によるものであるが、これは彼等にとっては悲しむべき事であるらしい。 サイクラノーシュにはフジウルクォイグムンズハーなどの神性が存在し、ツァトゥグアが住まっていた事もあるが、ブフレムフロイムは非常に実利的な種族で、神に対して畏敬の念は残しているものの、崇拝や信仰ははるか昔にすでに行われなくなっている。彼等の興味はもっぱら、鎧状の臀部を持つ、全身が鱗に覆われた巨大な多足動物の飼育や多種の食用キノコの栽培、そして種族の繁殖にのみ向けられている。同じ土星の知的種族であるイドヒームの信心深さとは対照的と言えよう。 彼等の繁殖方法は、女性の中から一世代に一人、繁殖の役を果たす「種族の母」を選び出し、彼女は特別なキノコを調理した食物を大量に与えられて、途方もない大きさにまで成長した後、新たな世代全体の母になるというものである。 ブフレムフロイムのもとに、異端審問の手を逃れてきたエイボンと追っ手のモルギが滞在したこともあったが、この「種族の母」の配偶者に選ばれた結果、彼らのもとから逐電した。 | |
C・A・スミス『魔道士エイボン(the Door To Saturn)』 |
ブラウン=ジェンキン (Blown-Jenkin/特になし) | |
特になし | |
奉仕種族 | ***** |
魔女に使役される一種の使い魔。毛の長い鼠の姿をしているが、その顔は髭の生えた人間のものであり、前足は小さな人間の手を思わせるものだという。 アーカムの魔女、キザイア・メイスンが飼っていたと伝えられ、使者、もしくは媒介の役割を果たすらしい。
ブラウン=ジェンキンは魔女の血によって育てられるという。魔女狩り時代、魔女は悪魔から使い魔を与えられ、身体のどこかにある「第三の乳首」から血を飲ませて養うと考えられていた。ラヴクラフトの作品には意外に、伝統的な怪異譚や伝承のパターンを踏襲しているものが多いが、このブラウン=ジェンキンと魔女キザイアはその好例と言えよう。
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H・P・ラヴクラフト『魔女の家の夢(The Dream in the Witch House)』 |
ペシュ=トレン (Pesh-Tlen/特になし) | |
ゲル=ホーの魔道師 | |
***** | ***** |
北の深淵ゲル=ホーにてオトゥームに仕える存在。ペシュ=トレンというのは個体の名であり、同族がいるのかどうかは不明である。「魔道士」と名乗ってはいるが、その実態も不明である。 魔道の力か特殊な能力か分からないが、ペシュ=トレンは他の生物(恐らくは意志薄弱なもの)と意識を交換する事ができる。理由は分からないが、この交換の際に眼球も交換される(眼球を持たない生物とは交換できないのかは不明)。人間との交換を行った場合、深海に送られた人間の目玉は水圧のために潰れてしまう。 ペシュ=トレンの本来の姿は、ねじれた縄のような触手といくつもの口を持つ、黒くぬめぬめと光る数十フィートの塊である。また本来の眼球は真赤で、その大きさは人間の眼球の二倍ある。
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B・ラムレイ『盗まれた眼(The Rising with Surtsey)』 |
蛇人間 (Serpent-People、Serpent-Men/特になし) | |
特になし | |
独立種族 | ***** |
蛇のような頭部を持つ爬虫人類。ただ邦訳では「蛇人間」と統一されているが、スミスの『七つの呪い』に登場する「蛇人間」は「Serpent-people」、同じくスミスの『ウボ=サスラ』およびハワードの『影の王国』に登場する「蛇人間」は「Serpent-men」と記述されている。ここでは同一のものとして、まとめて取り上げる。 『七つの呪い』に登場する蛇人間は哺乳類に進化する以前の器官で直立し、歯擦音で意志を通じあう。古代ヒューペルボリアのヴーアミタドレス山の地下世界の一画に棲み、高度な科学文明を打ち立てている。妖術師エスダゴルに呪われたヒューペルボリアの貴族ラリバール・ヴーズ卿が訪れた頃には、彼らは自然食品を食べるのをやめて合成食品のみを口にし、強力な毒物の製造に全力を傾けていたという。 『ウボ=サスラ』における蛇人間は、ジュラ紀以前の時代において(恐らくは爬虫類の登場する石炭紀後期より以降)「地球にはじめて生まれた大陸」で、バベルの塔のような高層の塔、通りや曲がりくねる奇怪な窖を擁する、黒片麻岩の都市を築いて生活していた。巨大な蛇の偶像を崇拝して、毒液を撒き散らす争いを行なっていた。 『影の王国』に登場する蛇人間は蛇の頭を持つ人間といった姿であり、人類の発展によって駆逐された太古の怪物の生き残りであると言われている。彼らは呪文を用い、魔法の糸を顔に振りかける事によって何にでも姿を変える事ができる。また、蛇人間に殺された人間は亡霊となり、彼らの奴隷として使役される存在となってしまう。 彼らはこの世の果ての未開の地へと追いやられながらも、その変身能力を用いて密かに人間社会に潜入してこれを支配した。このため人間は、蛇の最大の天敵だった翼竜の紋章と、人間だけが発音できる呪文 『カ・ナマ・カア・ラジェラマ!(Ka nama kaa lajerama)』 を用いてこれを駆逐した。しかし、太古のヴァルーシアでは再び蛇人間が密かに勢力を盛り返し、アトランティス出身の王カル(Kull)によって滅ぼされるまでヴァルーシアを影から支配していたという。 また、赤く輝く地底世界ヨトにおいてはかつて、爬虫類に近い四足の種族が存在しており、異種の動物同士を交配させる技術を有していたが、クン・ヤンの住民がヨトを征服する以前に既に、奇妙な遺跡をわずかに残して姿を消していたという。彼らも「蛇人間」だったのかも知れない。 ここで、『ウボ=サスラ』における記述を考える時、彼らを「蛇人間」と呼ぶのはやや問題がある。というのは、作品の記述から考えるなら、蛇人間はジュラ紀以前から存在していたことになる。しかし、蛇が地球上に発生したのは白亜紀(13500万年〜6500万年前)というのが定説である。蛇が進化して蛇人間となったのではなく、「蛇人間」が蛇に先行して存在していたという事になってしまう。 とすれば、「蛇人間」の中で、高い知性を失い、ただの爬虫動物と化した生物から蛇があらわれたと考えることができそうだ。クトゥルー神話における宇宙年代記の、文明の繁栄と衰退、支配種族の絶滅あるいは退化という歴史の繰り返しを考えれば、さほど極端な設定ともいえないだろう。 蛇の祖先は、長い胴体と首に短い四肢を持つ、ドリコサウルス(Dolichosaurus)と呼ばれる白亜紀の海生爬虫類と言われている(わが国の石川県より最古の化石が出土している)。太古の昔、彼らの四肢はより大きく、さらには複雑な動作を行なえる前肢と直立を可能にする後肢であり、高度な文明を可能にしていたと考えるのも楽しいものではないだろうか。 絶滅も退化も免れた蛇人間の一族は、ヒューペルボリアやヴァルーシアの時代まで生き延びたようだが、現代に至るまで生き残っているかどうかは不明である。 また、定かではないが、彼らは父なるイグを崇拝しているという説がある。『ウボ=サスラ』において彼らが崇めていた「巨大な蛇の偶像」がイグだったのかも知れない。ここではただ「蛇」と描写されていることから、蛇の一族に四肢があった頃からイグあるいは忘れられた蛇神は四肢を持たなかったのかも知れない。だとすれば、蛇の先祖たちは、神の似姿に変ずることによって動物としての境遇を生き延びようとしたのかも知れない。世界中の神話や伝説で蛇が重要な役割を果たしているのも、神の似姿と太古の支配者の叡智をわずかに留めているからかも知れない。 | |
R・E・ハワード『影の王国(The Shadow Kingdom)』 C・A・スミス『ウボ=サスラ(Ubbo-Sathla)』 『七つの呪い(The Seven Geases)』 |
ボクラグ (Bokrug/ボクルグ) | |
イブの水蜥蜴 水の大蜥蜴 | |
旧支配者 | 旧神 |
禁断のイブにおいて、緑色をした住民に古ぶるしい緑色の石像を通して崇拝された神。イブの住民を滅ぼしたサルナスの邑に対し、一千年の後に復讐を行ったという。サルナスの滅亡後は、ボクラグの石像はイラーネックの大神殿に祀られ、ムナール全土の人間に崇拝された。 ボクラグの像は、アクリオンと呼ばれる事になる灰白色の独立石に据えられており、これはムナールの近辺では見る事が出来ないものであったという。 もしかすると、これがダーレスの神話において〈旧支配者〉の力に対抗する護符の材料となる、魔力を秘めた『ムナールの灰白色の石』なのかもしれない。するとボクラグはこの力と関わりを持つ神性だったのだろうか。そのせいか、リン・カーターはボクラグを地球本来の神に分類している。 ちなみに、イブを逐われた住民がヅィンメリアに築いた姉妹都市ル=イブの住民の中には、ボクラグの血を引く者がおり、敬われているとも言う | |
H・P・ラヴクラフト『サルナスを襲った災厄(The Doom that Came to Sarnath)』 B・ラムレイ『大いなる帰還(The Sister City)』 |
炎の精 (Fire Vampires/炎の生物、生ける炎) | |
生ける炎の実体 | |
奉仕種族 | ***** |
クトゥグアに仕える存在であり、炎の姿をしている。フォマルハウトが地上に昇った時に、
との呪文を唱える事によって召喚される。召喚された炎の精は何体も集まって大破壊を引き起こし、またニャルラトホテップを退去させることもできる。 | |
A・W・ダーレス『闇に棲みつくもの(The Dweller in the Darkness)』 |