夜鬼 (Night-gaunt/夜魔、夜の魍魎、夜のゴーント、ナイトゴーント) | |
大いなる深淵の白痴の守護者、沈黙の生物 | |
厳荘なるノーデンスに仕える存在。もっとも、ニャルラトホテップも必要ならば彼らを支配できるらしい。 "gaunt"とは「不気味な」「痩せ衰えた」という意味を持つが、夜鬼も不快なほどに痩せこけた不気味な姿をしている。さらに、てらてらした漆黒のゴム状の肌、互いに向かい合って湾曲した角、蝙蝠のような翼、針状突起のある尾を持っているが、最も特徴的で不気味なのは顔のないことだろう。
オリアブ島の、大いなるものの顔容が斜面に彫り込まれているングラネク山や、レン高原に程近い無名都市サルコマンドにある深淵への開口部など、『夢の国』の特定の地域で知られるが、この生物についてあまり考えると夢に取り憑くと言われているので、その姿を想像しようとする者はいない。神の領域に近づこうとする者を捉えて攫い、くすぐりながら地底の深淵へと連れ去ってしまう。 | |
H・P・ラヴクラフト『未知なるカダスを夢に求めて(The Dream Quest of Unknown Kadath)』 |
ヤディス (Yaddith/特になし) | |
特になし | |
クトゥルー神話においてヤディス(Yaddith)というと最も有名なのはヤディス星星とその住人だろうが、ラヴクラフトの作品に、それとは意味合いを異にする用例が見られる。
ラヴクラフトとウィリアム・ラムレイの共作『アロンソ・タイパーの日記(The Diary of Alonzo Typer)』においては、妖術師クラース・ヴァン・デル・ハイルが、ニューヨーク州アッティカの屋敷の地下に隠した封印に触れる子孫に「ヤディスの君主たち (the Lords of Yaddith) の救いがあらんことを」と書き残している。
ヤディス星の住人が地球人類とほぼ隔絶した異星人であるのに対し、こうした記述における「ヤディス」は、クラース・ヴァン・デル・ハイルやロバート・ブレイクのような隠秘に通じた者なら知っている概念であり、また、人類に庇護を与えるような意味合いも感じられる。 | |
H・P・ラヴクラフト『闇をさまようもの(The Haunter of the Dark)』 H・P・ラヴクラフト&W・ラムレイ『アロンソ・タイパーの日記(The Diary of Alonzo Typer)』 |
ヤディス星の住人 (Inhabitants of Yaddith/特になし) | |
特になし | |
惑星ヤディスにすむ知的生物。ラヴクラフトの『銀の鍵の門を越えて(Through the Gates of Silver Key)』に登場するが、
獏のような鼻、皺が多く一部鱗のある肌と鉤爪を持ち、妙に間接の多い体は昆虫を連想させる。また、途方もない寿命を持っている。 カーターの意識下にあったヤディスの魔道士ズカウバが意識を取り戻した時、エティエンヌ=ローラン・ド・マリニーの所有していた掛け時計の中に入って姿を消した。この時計は禁断の邑イアン・ホーから齎されたもので、時間と空間に関わる機械であろうと推測されている。この話もヤディスの住人の時間と空間に対する文明の発達ぶりを窺わせるものといえよう。 なお、ラヴクラフトの作品および添削作品には、この異星人とはやや異なった文脈でヤディスなる用語が用いられている。ラヴクラフトとウィリアム・ラムレイの共作『アロンソ・タイパーの日記(The Diary of Alonzo Typer)』は、やはりイアン・ホーから持ち出された恐怖に対し、「ヤディスの君主たち (the Lords of Yaddith) 」の救いを求める記述が存在する。 | |
H・P・ラヴクラフト『銀の鍵の門を越えて(Through the Gates of Silver Key)』 |
闇をさまようもの (The Haunter in the Dark/闇の跳梁者) | |
特になし | |
ユゴスからのものによって創り出された、時間と空間の全てに通じる窓と言われる多面体『輝く
正確には『輝く
『闇をさまようもの』は真闇の中ならどこにでも行けるが、光には、例え星明かりのような僅かなものでも耐えられない。『輝く
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H・P・ラヴクラフト『闇をさまようもの(The Haunter in the Dark)』 R・ジョーンズ『窖(The Well)』 |
ユゴスからのもの (The Fungus-being of Yuggoth/ユゴス星の甲殻生物、ユゴスの菌類生物) | |
忌むべきミ=ゴ、忌まわしい雪男 | |
外宇宙から地球に飛来した種族の一つ。彼らは冥王星(太古の伝承ではユゴスと呼ばれる)を前哨基地としているが、本拠は遥か彼方の宇宙であり(ペナクック族の伝説によれば、大熊座より飛来したとされる)、異次元から来た可能性すらある。
彼らはある種の鉱石等を採取するために地球へと飛来し、ヒマラヤ、米国ニューイングランドのヴァーモント州の丘陵地帯のダーク山など、人里離れた土地に前哨基地を築いて潜んでいる。一説によると、彼らがヒマラヤの雪男やギリシャのカリカンツァロイなどの、僻地に棲む怪物や妖精の伝説の元になっているという。ブータンの伝説に登場する雪男の名に由来するミ=ゴの名で呼ばれることも多い。 ユゴスからのものの生態は、半ば菌類で半ば甲殻類という奇妙なものである。全長5フィート(約1.5m)程の、ピンク色をした殻に覆われた蟹のような生物であり、体の両側から数対の節足を生やしているが、最後部の一対だけで歩行し、他の脚で物を持って歩く事もできる。頭部は、ねばねばした触感を持つ、短い多数の触覚に覆われた渦巻き状の楕円体である。その色を変化させる、あるいはテレパシーによって意志の疎通を行うらしい。また、背中からは背鰭、ないし膜のような翼が幾対か生えており、エーテルの中を飛行して宇宙を移動するが、地球上ではあまり役に立たない。 彼らの肉体は、「我々の宇宙とは全く質の違う種類の物質」から構成されており、電子の振動率が全く 違うため、普通のフィルムや感光版には写らず(写す事のできるフィルム等は簡単に作れるらしいが)死ぬと二、三時間で蒸発してしまう。
彼らは時折、(協力者と思われる)人間を交えて集会を行うことがあるらしい。ヴァーモントのダーク山、西斜面の森にある塞がった洞窟の入り口でヘンリー・エイクリーが録音した内容では、ツァトゥグァ、クトゥルー、名づけられざるもの、シュブ=ニグラス、アザトース、ニャルラトホテップなどの名が唱えられている。「名づけられざるもの」がハスターか否かは不明である。というのはヘンリー・エイクリーがアルバート・ウィルマースに宛てた手紙の中で、ユゴスからのものとハスターに関わる勢力との対立が語られているためである。
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H・P・ラヴクラフト『闇に囁くもの(The Wisperer in Darkness)』 『狂気の山脈にて(At the Mountains of the Madness)』 『銀の鍵の門を越えて(Through the Gates of Silver Key)』 H・P・ラヴクラフト&H・ヒールド『永劫より(Out of the Eons )』 W・R・キャンベル『暗黒星の陥穽(The Mine on Yuggoth)』 F・ライバー『アーカムそして星の世界へ(To Arkham and the Stars)』 |
ヨグ=ソトース (Yog-sothoth/ヨグ=ソトホース、ヨグ=ソトホート、ヨグ=ソトト) | |
彼方のもの、一つにして全てのもの全てにして一つのもの、戸口に潜むもの、門にして鍵 | |
次元を超越した強大な邪神として描かれる存在。クトゥルーが太古からの脅威とすれば、ヨグ=ソトースは宇宙をすら超えた、超次元からの恐怖であろう。 この神はラヴクラフトの『チャールズ・デクスター・ウォード事件』で初登場しているが、この作品では単に邪悪な儀式に関わる謎の存在(名詞)として登場しているだけである。ヨグ=ソトースの主要な登場作品といえば、やはり『ダニッチの怪』だろう。この作品では呪われた寒村ダニッチを舞台にヨグ=ソトースの落し子たる双子が登場し、また、『ネクロノミコン』におけるヨグ=ソトースについての記述も引用されている。 ここでは、ヨグ=ソトースは〈旧支配者〉の潜む領域とこの世界をつなぐ『門』にいたる鑰にして『門』の守護者であり、古と未来における〈旧支配者〉の動きを全て知っている存在と記されている。すなわち、この作品ではグレート・オールド・ワンのような物質的な存在ではなく、外なる神々、異形の神々のような超次元的な存在である、人間には手出しすら不可能な異次元の超越存在として描かれている〈旧支配者〉、その中でも最高位の存在か、あるいはさらに高度な存在とされているのである。いずれにせよ、思念だけで全地球を混乱に陥れるクトゥルーが、同じ箇所で、〈旧支配者〉の縁者ながらも〈旧支配者〉を漠然と窺うことしかできない、とされている事を考えれば、ヨグ=ソトースが如何に強大な存在であるかが窺えるだろう。 もっとも、このように強大な存在が簡単に作中に登場する訳もなく、登場するのは不可視の〈旧支配者〉の影、そしてラヴィニア・ウェイトリーの産んだヨグ=ソトースの申し子たちのみである。それすらも異様な姿と底知れぬ力を持つ存在なのだ。 同じくヨグ=ソトースが登場する『銀の鍵の門を越えて』では、その性質について、さらに踏みこんだ描写が為されている。時間と空間などあらゆるものを超越した、存在の全的な無限の領域、空想でも数学でも捉え切れない最果(いやはて)の絶対領域の本質と記され、それよりもさらに超越的な存在であることが示唆されている。 この二作品の記述から推し量るに、ヨグ=ソトースの正体とは、無数の局面・姿を持つ多次元宇宙の唯一なる本質なのだろう。我々は、宇宙には広大な空間があり、時間が経過し、無数のものが存在しているが、それらは全て一つの多次元宇宙を、異なった無数の側面から見たものに過ぎず、多次元宇宙の本質は一つのものという事ができる。無数のものの唯一の本質。これこそが、ヨグ=ソトースが〈全にして一〉〈一にして全〉と呼ばれる所以であると思われる。 そして、ヨグ=ソトースは〈旧支配者〉の潜む領域とこの世界をつなぐ『門』を開いて〈旧支配者〉を招き入れるのではない。『ネクロノミコン』に 「人が今支配せし所はかつて〈旧支配者〉の支配いたせし所なれば、〈旧支配者〉ほどなく、人の今支配せる所を再び支配致さん。夏の後には冬来たり、冬過ぎれば夏来たるが道理なり」 とある通り、ヨグ=ソトースはその局面を循環させて、太古の時代に〈旧支配者〉が宇宙を支配していた宇宙を再来させるだけなのだ。そうなれば、現在の宇宙という局面から「かつて遥か永劫の太古に属していた、何か別の実体の面というか層」すなわち〈旧支配者〉の支配する局面に移り、〈旧支配者〉の覇権が再び来るのである。恐らく、〈旧支配者〉を崇拝していた老ウェイトリーは、ヨグ=ソトースと人間の間に生まれた孫たちを利用して、人からの働きかけでヨグ=ソトースの局面を〈旧支配者〉の局面へと、人工的に移動させようとしていたのだろう。 また、ラヴクラフトのメモを元にダーレスが書いた『暗黒の儀式(The Lurker at the Threshold)』では、 「複数の、太陽のような光球、そしてそれが割れた中から流れだす黒々とした原形質状の肉が一つにまとまって外宇宙の身の毛もよだつ慄然たる恐怖を形づくるのを見た。原初の時の無の落し子を見た」 と描写され、さらに 「虹色の球体の集積物という仮面をもち、時空間の最下底のさらに彼方、核の混沌のただなかにおいて、原初の粘液として永遠に泡立っている、有害きわまりないヨグ=ソトース」 と記されている。 「虹色の球体の集積物」は、人類の視点による「無数の次元」「無数の時間」「無数の存在」といったものを象徴するまやかしの姿であり、その下に潜む一なる究極の混沌「原初の粘液」としての姿こそ、その無数の次元と時間が、ただ一つの存在のもつ無数の局面にしか過ぎない事をしめす、宇宙の「唯一」なる本質を示しているのではないだろうか。 とにかく、ヨグ=ソトースが多次元規模で超越的な存在であろう事は間違いなく、宇宙規模で崇拝され、ユゴスの甲殻生物は「彼方のもの」として崇拝し、「渦状銀河の薄靄めいた頭脳」は表現しようの無い印でもって知っていると言われる。 ニューイングランドには、かつてヨグ=ソトースを外宇宙から召喚する為に築かれた環状列石(ストーンサークル)や石塔が各地にあったらしく、ダニッチやアーカム北のビリントンの森の中にそれが残っていた。 こうした超越的な存在であるがゆえか、ヨグ=ソトースの存在を前提とした魔術儀式や呪文も数多く存在する。人間の視点から言えば、魔術の神としての側面を持つとも言えるかもしれない。 プロヴィデンスの妖術師ジョゼフ・カーウィンは、死者蘇生の秘術をもちいるにあたって、ヨグ=ソトースへの詠唱をふくむ呪文を用いている。 この呪文には、『ドラゴンの頭(Dragon's Head)』『ドラゴンの尾(Dragon's Tail)』と呼ばれる記号が付随している。それぞれ、月の軌道と太陽の軌道が交わる昇交点と降交点を示すが、この点に太陽や月が達すると、太陽・月・地球が一列にならぶことになるため、日蝕もしくは月蝕が発生しやすくなるので、日月を飲み込む竜の頭と尾、もしくは日月を隠す架空の天体として占星術に伝えられてきた(同様の説はインドにもあり、竜もしくは魔神ラーフがヴィシュヌ神に首を跳ねられ、頭が昇交点、胴が降交点になり、それぞれラーフ(Rahu)、ケートゥ(Ketu)という架空の星になった。それぞれ日本や中国の宿曜道での羅?星、計都星)。 さらに、日記や書簡で「太陽が第五宮に入り、土星が三分一対座にありしとき、炎の五芒星を描き」『断罪の書(The Lider-Damnatus)』の第三歌(III Psalme)にある第九詩篇(ninth Uerse)を三度唱える、という儀式にも触れている。 この詩篇を、『十字架祭(Roodemas, 5月3日)』と『万聖節前夜祭(Hallow's Eue)』に唱えることで、天球層の外(Outside Spheres)に何らかの存在が生まれ、これが転生の魔術を可能にするという。 またウェイトリー家は、ウィルバー・ウェイトリーの誕生と前後してより、毎年、『五月祭前夜(May Eve, 5月1日の前夜)』と『万聖節前夜(Hallowe'en, 11月1日の前夜)』に、センティネル丘にある石の祭壇で炎を焚いて儀式をおこなっている。 ウィルバーは1912年の『聖燭祭(Candlemas, 2月2日)』の午前5時に生まれているが、そのほぼ九ヶ月前にあたる五月祭の前夜には巨大な地鳴りが響いている。アーミティッジ博士はこの日あるいは十字架祭に何らかの存在が関与したことによってウィルバーがこの世に生命を受けたと推測した。 ジョゼフ・カーウィンの魔術もウィルバー・ウェイトリーの儀式もともに、万聖節前夜が共通し、十字架祭と五月祭が非常に近いという関連性があるのかも知れない。なお、五月祭は『マイアの祭典(古代ローマ)』、『ベルテイン祭(Bealtaine, 古代ケルト)』が変容したものであり、万聖節は古代ケルトの『サムハイン祭(Samhain)』と習合している。それぞれ、春と冬の訪れを意味し、その前夜(Eve)はともに、妖精や悪霊など異界の存在が現世をおとずれる夜とされている。
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H・P・ラヴクラフト『チャールズ・デクスター・ウォード事件(The Case of Charles Dexter Ward)』 『ダニッチの怪(The Dunwich Horror)』 『銀の鍵の門を越えて(Through the Gates of the Silver Key)』 A・W・ダーレス『丘の夜鷹(The Whippoorwills in the Hills)』 A・W・ダーレス&H・P・ラヴクラフト『暗黒の儀式(The Lurker at the Threshold)』 『恐怖の巣食う橋(The Horror from the Middle Span)』 |
ヨス・ザイラ (不明/特になし) | |
深淵の民 | |
南大西洋の海底にある『緑の深淵の帝国』の住民。その姿は人間の一般の観念を超越している一方、ある種の怪しい魅力を備えているとも言われる。 彼らの王である「深淵の王者」ヨス・カラ(Yoth-Kala)が地上へ現れた時の描写があるが、それによると、黒い粘液を滴らせる小孔と触手に覆われた、小山ほどもある青黒い不定形の粘液の塊であり、体全体で膨張収縮を繰り返し、偽足を伸ばして陸上を這い進むという。体の中央には傷口を思わせる濡れた口が開き、その1フィート程上に一本生えた腕のような触手の先には、冷たく濁った目が備わっている。 彼らは異界的な都市のある海底の地でヨス・カラや「緑の深淵の女王」ゾス・サイラ(Zoth Shyra)といった王を戴く社会を持っている。人間とは全く異質な存在であるにも関わらず、妙に人間と通じる要素を窺わせる奇妙な生物である。 その要素の一つは「歌」である。彼らは海底からでも地上や海上にいる人間に、歌の形で受け取れるある種の思念を届かせて魅了したり操ったりする事ができるのである(これがセイレーン伝説の由来となっているという説もある)。この「歌」は完全な思念ではなく、彼らの口から発せられるものである(異界の存在の行為にしては余りに人間的なので、人間の頭の中で自動的に母語に翻訳されるだけかも知れないが)。 もう一つは、彼らが人間との間に子を設ける事ができるという事である。人との間の子供は、人間に似ていながらも首に鰓の切れ目が入っている例があるが、代を重ねればよりヨス・ザイラに似てくるのかもしれない。彼らは深みのものどもと同様、そうした形での植民によって、地上への進出を窺っているらしい。
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C・H・トンプソン『深淵の王者(Spawn of Green Abyss)』 |
夜に吠ゆるもの (不明/特になし) | |
闇に棲みつくもの | |
七太陽の世界から地球上の
絶えず流動状態にある、黒い無定形の原形質状の巨大な塊という姿である。膨れ上がったり縮んだりする本体からは、自在に鉤爪、手、触腕が伸び縮みしており、顔のない円錐形の頭部を持つ。そして絶えず、半分獣じみた低い吠え声を発している。
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A・W・ダーレス『闇に棲みつくもの(The Dweller in the Darkness)』 |